吉 祥 寺 圏
月窓寺と白衣観音(吉祥寺本町1-2)

吉祥寺駅周辺は一日約40万人の乗降客で賑わいます。月窓寺は、サンロードが五日市街道とぶつかる交差点の左手前にあります。
南門から中へ入ると、辺りは静寂の別世界となり、左右が墓地、そこから広々とした境内へいくと、本堂、観音堂、吉祥閣(茶室・客殿・教化道場)が、整然としたただずまいを見せてくれます。

本尊は釈迦如来です。かつては文殊菩薩、普賢菩薩を従えた釈迦三尊像でしたが、たび重なる大火で両脇侍が消失し、いまは彩色された羅漢像の浮き彫りが置かれています。
もとを東岸寺といい、井の頭池の東岸にあったと伝えられています。万治2年(1659年)、吉祥寺の開村とともに洞巌龍雲によって開かれ、寛文元年(1661年)、巨深繁芸が現在地へ移し、その後月窓寺と寺の名称を改めました。

さて本堂右手の観音堂には、昭和51年に市重宝指定の白衣観音座像があります。市内最古の銘を持ち、乾漆づくりで、高さ37センチの金色をした美しい像です。村人には馬を飼う者が多く、白衣観音は馬頭観音として信仰されました。当時、3月5日は「馬かけの行事」が盛んでしたが、時代とともに馬も行事もなくなってしまいました。

(注)…馬かけ行事…開村当初の吉祥寺村には数十頭の馬がいて、薪炭を江戸へ、江戸からは灰や下肥を運んだ。この行事とは、馬を鈴や布で飾り立てて、観音堂の周囲をめぐらせ、安全祈願をした。