[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」

武 蔵 境 圏
玉川上水(桜堤3-15〜御殿山1-19)

玉川上水は徳川4代将軍家綱の命により玉川庄右衛門、清右衛門兄弟によって承応3年(1654年)に完成した。43kmにわたる上水道です。江戸の飲料水不足を解消するために、多摩川の水を羽村から四谷大木戸まで導きました。技術水準の高さはもちろん、当時としては世界的な規模でした。

上水路の幅は上流で4〜6間(1間は約1.8m)、下流で2〜4間、取水口から四谷大木戸までの標高差は約92mもあリ、自然に水が流れていくように設計されています。しかし工事は予想以上の問題、困難をともなって、幕府から支給された請負金6500両では足りず、2人の兄弟は私財を惜しげも無くなげうって工事につぎ込んだといわれています。

300年間、江戸から東京へと時代がかわっても飲料水を提供しつづけた玉川上水です。その役目を終えたのは昭和41年のことです。この上水を浄化していた淀橋浄水場が閉鎖され、首都圏の主な水がめは利根川水系のダムに変わりました。清流の復活を願う市民の願いによって、昭和61年8月、玉川上水に再びせせらぎがもどってきました。ザリガニ、ヤゴ、魚たちも生息しています。

(注)江戸の終わり頃物品流通が増え玉川上水路の活用がさけばれました。幕府は衛生管理上、舟を通すことを許可しませんでした。ところが明治3年、政府は舟の運行を許可しましたが、環境が悪化して2年余りで全面禁止になりました。