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中 央 圏
延命寺の平和観音菩薩像(八幡町1-1-2)

いまの延命寺が建っている周辺は、江戸時代の初めには見わたすかぎリの雑木林でした。そこに恵心の作と伝える秘仏、薬師如来を安置する堂宇が建てられ、延命寺のはじまリになったといわれています。寛文12年(1672年)、関前村ができたときに境内地が割リ当てられ、石神井三宝寺の長智が開基に、長恵が開山しました。

本尊は、知恵をつかさどる文殊菩薩。明治の初めから昭和にかけて、この寺には境村、関前村、西窪村、吉祥寺村の組合戸帳役場が。4カ村合併後には、武蔵野村役湯が本堂におかれていました。また高等尋常小学校の前身、三省学舎も境内にあリました。さて、延命寺には長恵の時代の遺宝が、たくさん残されています。昭和46年4月市重宝に指定された護摩炉も、そのひとつ。大きさは長径52p、炉高14p、蓋高11pで円形はみ出し付きです。刻銘によリ元禄7年(1694年)の鋳造とわかリます。

境内には、昭和52年10月建立の等身大ブロンズ像、乎和観音菩薩像があり、気高くやさしいお顔をしています。第2次世界大戦時、B29の猛爆を受けた犠牲者をまつるため、終戦32年目に檀家の浄財で完成して、台座には、71柱の名前が刻まれています。

(注)平和観音菩薩像、本堂の東側にある二十三夜侍供養塔は、宝暦年間に疫病が流行し、その死者を供養するために建立した。愛らしい表情は、勢至菩薩と思われます。月の出を待って果報を祈るもので、女性の信仰が厚かったようです。